KEWA者RAP 演劇はライブである › 演劇論、のようなもの

少年役の定義

さすが「ランチ」というキーワード、恐るべし

それなのにPV100に満たない、とは

ランク外、とは

からくれないに水くぐる、とは

って落語か!

落語の「千早振る」か!

m(__)m

という事でなかなか本題に入らないケワでございますが本日のお題は「少年役」について

以前、チラッと触れたかもしれませぬが幾つかある書きかけのホンの中に「少年」が登場する話がございます(未完ですが)
諸事情によって頓挫したまま今に至るのですがココロ残りというか、やれるものならやってみたい
いや、その前に書き上げたい

そんな思いが沸いてや消え沸いてや消え、浮いてや沈み潜っては。。。

実は今まで書いたホンの中で「少年」という役柄設定は記憶にある限り皆無でして
そういうキャラが登場する必然性がなかったのもありますが、それ以前に大人が少年役(ここでいう少年とは小学生~中学生くらいまでを指す)を演じるというイメージがなかなか湧かなかったのもあるんでしょうね

とはいえ永遠の少年とも言うべきピーターパン然り、舞台で大人が少年役を演じる事は当たり前にあるのも事実

たとえば、野田秀樹さんとか、日本一ランドセルの似合う女優と言われた高泉淳子さん(遊◎機械/全自動シアター)とか
それこそ違和感なく少年役を演ずる役者さんは演劇界には数多いらっしゃるわけです

ならばアマチュアだって探せば誰か。。。居るのか??

。。。やっぱり思いつかん、ただでさえ人手不足のこの状況

すぐに言思いつく人材が居ない、という現実

いや、その前に「少年役」の定義とは?

見た目か、それとも声質か

いや

もっと大事なことがある

それは

無垢な心



。。。書いた当人とて恥ずかしさのあまりデカくしてみましたがやっぱり大人になって失ってしまいがちな無垢な心

それが少しでも残っていればたとえいい年を過ぎたオッサンでも出来るのでは


いや私じゃないですから

やりませんよ

やるわけないでしょ

自分で書いて自分で少年役をやるなんてまさか

。。。。ねぇ?


いやホントに


冗談抜きで



















  

狡兎三窟

『狡兎三窟』って諺、ご存知でしょうか

いざとなった時に身を守る為に3つの隠れ穴を用意している兎の小賢しい知恵、から来ているらしいんですが
これってそんなに悪い意味じゃないと思うんですよ

だってリスクマネジメントの基本としてリスク回避のために何かを用意するのって当たり前のことですから

という事で私も今度の稽古に備えて3本の稽古用台本を用意しました





「漫才」、「モノローグ」、「コント」

どれも短いものですが、女二人の場合、独りだった場合、男と女での場合の3パターン

すべて今年に入ってからの書き下ろし、、、と言いたいところですがコントに関しては前に書いたものをベースに書き直しているのでほぼほぼ新作、と言っても過言ではないかと

今年初の稽古も再来週に迫り
見学者もなかなかの人数になってきたようで、数年ぶりに賑やかな稽古場、、、になるかもしれませんね

あくまで見込みですがこれだけ準備しておけば何が起きても、何も起きなくともそこそこ充実した稽古になるでしょう

ということで

17日(火曜)の稽古における見学者及び参加希望についてはここで一旦締め切らせてもらいます

何しろ狭いスペースなものであまり多くなると声も出せない状況になりそうですので

予め予定してらっしゃる見学希望の方はどうぞお気をつけてお越しください

  

A-Studio 三谷幸喜さん

『A-Studio』って番組、正直言って好きじゃないんです

だってどんなゲストが出ようと結局、鶴瓶が自分に関する話題に持ってこうとするから

こないだの三谷幸喜さん出演の回もタイトルで仕方なく観たんですがやっぱり脱線しまくり
関心のあった話はほとんど聞けませんでした

ところで番組内でも話題になった三谷さんの舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン』
28年前?のヴァージョンを私も観ました(といっても映像でですが)が物凄く面白い芝居でした

演劇舞台の裏側(まさに舞台裏)を描く三谷さんお得意のドタバタコメディなんですが舞台裏でトラブルが起きている一方で本番が進むという
ウラをメインにしているのに見えない側のオモテを同時に想像させるという描き方を観て当時はかなり刺激を受けました

舞台って見えている部分だけを描けばいいってものじゃないんですよね、むしろそうじゃないところを想像させる方が大事というか
役者も演出も(勿論、作家もですが)舞台袖に消えればそれで良しではなく袖の奥で起きている物事まで描いてナンボ、想像させてナンボ

そういう事を三谷さんの舞台から教わった気がします

さて
タイトルにあった「脚本は俳優へのラブレター」

これって誰が言いだしたんだろ、三谷さんかそれとも他の誰かか、記憶が定かでないのですが番組内でその話題って出ましたっけ?出てませんよね?出たとしても記憶にないくらいにあっさりめでしたよね?

私もホンを書く時は大抵、誰かを念頭に置いて書いてます(「アテガキ」と言います)
その人をイメージするというのもありますが願望というよりもこうしたら面白いのではないかという期待も込めて

とはいえその対象となる誰かが居ないとやっぱり思うように進まない、イメージも膨らまないという事は多々あります

そして今もまさにその状態
さらに言うと少し前に書き上げたホンもアテガキしたもので本来ならそのまま上演に向けて動き出せたはず

、、、なのですが諸事情によって断念、いまだ日の目を見ておりません

やりたいんですけどね

舞台というのは独りで出来るものじゃなし、独りで作り上げるものでなし

どこかに居ませんかね、芝居に関わってみたいって人

ちなみに現在、取り組んでいる未完成のホン(台本)は以下の通りです

①卓袱台を背負った自称:悪魔が漫才師の女性のところにやって来る話 → 書きかけ

②少年とどこかのおっちゃんが未知との遭遇をするかもしれないファンタジー的な話 → 書きかけ

④博士と助手が幻の鳥を追って、という話 → 書きかけ


すべて仮の設定です

書き始めると変わってくるというのはよくある話
というかむしろアテガキによって変えていってもいい、そうしたいのです

ホン書きは発信者のようで実は受信する側だったりします

役者という存在から刺激を受けどんどんとイメージを膨らませる

だから独りで黙々とする作業ではないわけです

まぁここまで読み進める人などほとんどいないと思うので今は独りごとでしかありませんが
このまま役者志望が来ない状況が続けばその時は、、、

とにかく待ちますよ

居なければ居ないでやれることはあるので


次回稽古は24(木)午後8時から
勤労青少年ホーム一階 談話室にて

部屋は開放してますのでどなたでもお越しください

事前にアポなど取ってもらえると心の準備とか出来ますので良かったらメールとかインスタ経由のDMとかツイッター経由のDMとかください


お気軽にどうぞ







  

私はコレを「エン劇」と呼ぼう

ブログに向けて色々と書き綴ってはみたものの

ええい、もう面倒くさい!


ってなりましてね

全部消しちゃいましたよ

「どうするべきか、ではなくどうしたいか」

というかの名言を思い出すとアレコレ思い悩んでいてもしょうがない、とにかく動いて声を出す

それから先はなるようになるだけのこと


という事で自主トレのつもりで借りた稽古場、、、のはずが突如、参加志望者が現れまして

といっても我が座組の信頼するスタッフが駆け付け一杯、、、じゃなく駆け付け一枚を撮ってくれたのがこの写真です




背中じゃわかりにくいかもですが飛騨高山ブラックブルズのTシャツ(サイン入り)でございます

走って、歩いて、ストレッチとかして、あとはゆっくりと声を出してアイドリングしながら、外郎売りとかやって

最後は台本を朗々と、声はしっかり出して朗々と

そうすればもう今の状況なんてどうでもよくなるわけです

ついでにヨガ的なポーズもやっちゃったりして

、、、何のポーズか知らんけど





ただ、、、さすがにまだ半袖はちょっと寒かった、かな

次回は5月
  

我がココロの

その響きだけでときめかずにいられない長きに渡って憧憬の国、ポーランド

理由は言わずもがな、、、いや、言って無いし行って無いので言わずもがなどころか行かずもがなであるのですが

我がココロの映画、我が至上の愛的な映画、オールタイムベスト1『灰とダイヤモンド』の地、ポーランド!

なのでポーランドでこの作品を上演する、と聞いた時はそれはもう

羨ましさと興奮と期待と、で大変だったんですよ

新宿梁山泊『YEBI大王』

新宿梁山泊といえば以前も書いたように演劇を始めたばかりの頃に出会い衝撃を受け、以来、我がココロの故郷ともいうべき劇団であると同時に

我が友であり同胞であるジャン・裕一が現在絶賛活躍中というまさに

「今、観なければいつ観る?」

と言っても過言ではない旬の劇団、しかもそこで何とジャン・裕一はタイトルロールを演じるんですつまり!

「YEBI大王 by ジャン・裕一」





実はですね

今回の『YEBI大王』でジャンが主役をやると聞いた時、少し心配だったんです

新宿梁山泊で歴代主役を張ってきた俳優さんといえばどの方も圧倒的な存在感と演技力、何よりもローラ(©ヒデキ感激)じゃなくて独特のオーラを持った方ばかり

果たしてジャンは主役をやるにふさわしいそれら三種の神器を持っているのだろうか、と

でもですね

本当はわかってるんです、それらを持って余りあることも

これでもジャンの出ている舞台、結構あれこれ観てきた私が思うに彼はやっぱり主役が似合う男だと

脇で暴れるジャンも面白いけどやっぱり主役で堂々たる姿を観せてこそのジャンだろうと

だから心配を上回る期待でその時を待っておりました

そしてこの機会に便乗してココロはいざポーランドへ!



ところがですね

コロナ禍もあって渡航を断念、やむなく映像配信(ライブ配信からのアーカイブ配信)となったわけです

ポーランド語、、、の挨拶をマスターしかけた私としては残念なようなホッとしたような

けれど舞台を配信、って正直ピンと来なかったんです

でもこの予告編を観てその考えは速攻消えました

百聞は一見にしかず、まずはご覧ください

メチャクチャかっこいいんです

『YEBI大王』予告編


えっ?さっきから身内びいきで片腹痛いですと?

昔から言いますよね「身内びいきは身内のイビキだと思えば何てことない」って

イビキをかくのも片腹を掻くのもまずは観てからにしましょうよ

私もチケットは買ってます

まだ観てませんがじっくり腰を落ち着けてみる予定です

って観てないんか~い!

m(__)m

チケットは以下のサイトでどうぞ

https://zaiko.io/event/336337


ということでココロがくじけそうだった2月を終えてようやくブログ再開します

語り口調も以前に戻しました


  

残りわずか!

残りわずか!

と書くとチケットが残り数枚?

かと思われそうですが(思いませんか、、、そうですか)安心してください

チケットはまだございます

とこの時期に堂々と申すコトじゃありませんが、まだあるのだからそういうコトなのです

いつか堂々と

チケット残りわずか!

と叫んでみたいものです

世界の中心で愛と共に叫んでみたいものです(平成か!)

今は「愛」よりもどちらかというと「哀」という気分ですが、、、

、、、色々な意味で、ね

さて

『まんまろ』公演まで残り二週間となりました

稽古も佳境に入り連日、熱の入った稽古場となってます




ところで「稽古」の語源ってご存知でしたか

古事記によると、、、

「古(いにしえ)を稽(かんが)えて、今に照らす」(稽古照今)

だそうです

私が勝手に解釈するならば「同じことを繰り返しやるだけでは稽古にならない」
つまり常に新しい解釈で行ってこそ稽古だと思うのです

なので稽古を重ねるという事は単に段取りを繰り返す事でもなく、ましてや台詞を覚える(入れる)為の行為でもなく、塗り重ねていきながら創り上げていく、たとえば油絵を描いていく様に

そういう事じゃないかと

、、、油絵は描いた事はないですけれどね、ええ

だから演者は稽古場でどう積み重ねていくか、で違ってくるのではないかと思うのです

そういう私(ケワ)も今回は演出のみならず演者として参加しておりますので、常にそういう気持ちで取り組んでいかねば、と改めて気を引き締めた次第ですが、、、って今頃かい!

m(__)m

ということで公演間近

よもや皆様、お忘れじゃございませんよね?

2月8日(土)は、本町三丁目イータウン内にある「でこなる座」での公演です

当日はどうやら氷点下の森でイベントがあるようです(トマト店長も出るそうです)
さらに飛騨何とかセンターでは子供たちによるミュージカルもあるようです(昔、座組メンバーの一人も関わったそうです、大人ですが)

、、、と、イベント盛り沢山ですね、困った

大自然もミュージカルもいいですがたまには夜の街に出かけて非日常空間を楽しんでみてはいかがでしょうか

そして2月9日(日)は飛騨古川Little Viilage Jr.での公演です

お酒も飲めます(未成年はダメですよ)
食事も出来ます(食べるのに夢中にならないでくださいね)
酔っ払いバスも出ます(舞台には出ませんけどね)

高山とは違った趣のある古川の夜、、、なかなかいいものです(飲み過ぎて瀬戸川に落ちないでくださいね)


ではあらためて告知です

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2月8日(土)@高山でこなる座 開場PM7:00/開演PM7:30 チケット1,000円

2月9日(日)@飛騨古川LittleViilageJr. 開場PM6:30/開演PM7:30 チケット1,000円(1ドリンク付き)

*日にちによって開場時間が違うのでご注意ください

*場内で飲食可能なのは9日の飛騨古川公演のみです


取り置き可能です、以下の欄を記入の上、コピペしてメール宛先までお申込みください

【お名前(出来ればフルネームで)】

【ご連絡先(携帯電話かメールアドレス)任意で結構です】

【チケット枚数】

【ご来場予定日】

メール宛先 kewarapp@gmail.com まで

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

両会場とも席数はほどよくあるとはいえ限られてます
当日いきなり飛び込んで来られても対応出来ない事もあるかもしれません

ですのでチケットは取り置きがおすすめです!

強くすすめております

ご予約はメールでもお電話でも可能です

電話は 09091295180 まで

出られない場合は留守番電話にしておきますのでメッセージをお願いします★
宜しければ折り返し連絡させてもらいますので














  

非常につき非情

役者は役名で覚えられてナンボ、ともいいますよねこの世界

この世界がどの世界か、はともかく
かつて子供向けのお芝居に関わっていた頃、舞台で一緒だった子供たちと再会する度に役名で呼ばれる事も多々あったのですが、何しろ人間以外の役も多かったもので、嬉しい反面ちょいと恥ずかしかった記憶がございます

とそんな昔話はさておき

最近ずっと引っ掛かる事がありまして
今、稽古をしている芝居なんですが役名がなかなか馴染まなくてですね
というのも私、演出をしている最中は稽古場では役者を役名で呼ぶようにしておりますが、どうも今回の芝居に関してはすんなりと呼べず
毎回、ダメ出し(偉そうにスイマセン、演出なもので)をする度に心の中で一瞬、(え〜っと、どっちの名前だっけ)などと迷う事も少なくなく
稽古に入ってすでにそこそこの月日が経っているというのにどういう事だよ、って感じですが

今回の座組はフレッシュ(死語?)な若手女子二人が加わって本来ならいつも以上にテンションも上がるはず(変な意味じゃありませんよ)
、、、なのにわずか二人の役名すらスッと出ないというこのテイタラク(ーー;)

頭がボケたのかしら、と思わなくもないのですがそうでなければまだ役に染まっていないのかそれとも雰囲気にそぐわないのか
あとはやっぱり演出の引き出し方がまだ足りていないという証なんでしょうねきっと

まだまだ力不足で試行錯誤の日々でございますが、台本稽古もボチボチ卒業しこれからが正念場でもあるこの時期
荒療治というわけではありませんが思い切って役名を変えることにしました

、、、えっ?役名を変えるとな?今になって?

と戸惑いの声も聞こえてきそうですが当然ですよね、馴染んでいた名前がある日突然、急に違う名前になるわけですから
「シロ」と呼ばれてた猫が急に「クロ」と呼ばれても何の事だかわからないのと同じでヒトだって戸惑いますわね、ええ

ですが考えようによっては舞台における名前などそれほど重要なものではないのです(すべてとは言いませんが)
普段コテコテの日本人が「ロミオ」なんて名乗ったら本来は「どの面下げてロミオだよ」と言われそうですが舞台で翻訳物を演じる際にはまかり通る
つまり名乗ったもの勝ち、、、ではなくて演ずる者がそう思えばどんな名前でも明日から演じる事が出来ると言うことなのです

ただし、演ずるものに迷いがあるうちは観る人も「ロミオ」には見えない
そっちの方が重要なのです

人によってはこれを演出のエゴと感じるかもしれませんが意地悪でもエゴでも何でもなくむしろ試金石というか、あえてそこを脱して欲しいという所謂「愛のムチ」なのです

えっ?ムチでなく無智?
むしろ今ならパワハラ案件?

とかなんとかその前に名付け親の私が呼ぶのに慣れるところから始めないとですね

、、、ってそっちかい!


m(__)m




  

二足の草鞋の履き心地

よく使いますよね「二足の草鞋」ってフレーズ

えっ?もう使わない?
そもそも今時「ワラジ」なんか履かねぇだろ!っておっしゃる方もいるでしょうね
ですが舞台では割とお馴染みの履き物なのです

正確には草鞋に似て非なる履物である草履(雪駄?)

主に照明さんとか裏方の人が履いておりますが脱ぎやすいし滑りにくいので重宝する、んでしょうねきっと

私自身は滅多に履きませんが


って、履かんのか~い!


さて、そんな業界裏話的なコトはさておき二足の草鞋といえば

「演出」と「役者」両方兼任するお馴染みのパターンですが時に二足だけでは飽き足らず

三足(+台本書き)、四足(さらに+オリジナルスコア)、五足(さらに+プロデュース)、、、と足が幾つあっても足りない人もいらっしゃるでしょうけれどここではとりあえずまとめて「二足」という事にしましょうか

私も、KEWAJAPという看板を一人で背負っている手前、そんな二足の草鞋ならぬ草履を履いている者の一人ではありますが以前はそれぞれの比重
というかバランスをうまく取れずに悩んでいた事もあるのです

どちらもやりたいからやっているわけではありますが、やっぱり自分の出番の所ばかり時間を割くのもね、、、とかいう変な遠慮的心理が働きまして(ーー;)

あと人前で自分にダメ出しするのも変じゃないですか?
勿論、ダメな所は理解してるんです、理解してるんですが他の役者と平等にダメ出しするのもわざとらしいというか
ぶっちゃけ照れくさいんでしょうね
他の人にダメ出しした後で

「自分のはまぁ、、、わかってるんで」

とか何とか言葉を濁してブツブツと

傍から見ればこの人何を独り言言ってるんだ、って感じですが、そんなわけで変な遠慮があった一方でそういうスタンスに不満も残っているという悪循環(?)があったのも事実

ところで新聞記事にあった加藤健一さん(『加藤健一事務所』主宰の俳優であり演出家)のインタビューにあった言葉ですが

「演出するのは好きじゃない。だって演出してると役者としての自分に欲がなくなるから」

大まかなニュアンスとしてこのような事をおっしゃってましたが、役者として遠慮したくないという思いが溢れてらっしゃるんでしょうね、スバラシイことです

大ベテランの加藤さんと自分を比較しようなんざこれっぽっちも思ってませんが、演出しながらほぼ役者も同時にこなす方の言葉はやっぱり重いですね

その言葉を目にして以来、私自身の中でも他の人に遠慮しちゃいかん、という決意が生まれました

って、今頃か~い!

今までも遠慮をしていたわけじゃないのですが限られた稽古時間ゆえに演出という手前、トータルでの稽古バランスをついつい考えてしまうので他の人の稽古を優先的に考えたりすることもあったのは事実

ですがそれじゃかえって全体のバランスさえも崩してしまうわけなんです

なのでガンガンいくことにしました
そうでなくとも新しく座組に加わった若い面子は(世代なのか)ガンガンいくという事があまり見られないだけに稽古場の空気も冷えがちですからね

ここは鈍ったカラダに鞭打って、、、

って、鈍ってんのか~い!


、、、と、三回目のノリツッコミをしたところでお時間です

最後に稽古風景を少々

最近は踊るような動きが多めでございます












  

海女でも蝉でもいいのです

まさかの「セミプロ宣言」をした前回からすっかり日にちが経っておりますね

その間に台本は稿を重ね、ついには第八稿までいきようやくこれで準備が整ったというわけですがそのアマとかセミとかいう件について
気になってる方には申し訳ないのですが正直、どっちだって鎌わぬのです

アマチュアって言われればそうだし当然ながらプロと言える程、稼いだわけでもない
あるのはそれなりに活動を重ねてきた実績と「趣味ではない」という自負だけ
傍から見ればこの程度で「セミプロ」って言える?と笑う人もいるでしょうねきっと
居てもいいのです、その人に害を与えているわけじゃなし迷惑を掛けることもなし

確かに前は認めて欲しいと言う気持ちは少なからずありました
特に一家言ありそうな演劇関係者からは

だけどそれって虚しいというか、あまり意味の無い事だと気づいたのです
結局のところ十人十色、好みもあるし今まで辿ってきた道が違えばやり方も違う、そこで褒めたり認めるのってなかなか難しいことなのです

それに一番は楽しみたいという純粋な気持ちで観にいらっしゃるお客さんに満足してもらえればそれで充分なんです

都合の良い解釈をするならば、お金を出してチケットを買い時間を割いて観に来るお客さんがいる
その事実に対しては、アマもプロも関係なく言い訳できないし満足してもらえるかどうか、そこに尽きるわけですから

アマチュアはお金を取っちゃダメ、とおっしゃった方の主張は間違いじゃないかもしれません
だけど、楽しんだ代価としてお金を頂くことになんの遠慮がいるでしょうか
(楽しめなかった、とおっしゃるならまたの機会に、もしくはゴメンナサイというしかないですけど)

たとえば手作りのアクセサリーを見て欲しいと思った時に、これはプロじゃないからお金は出せない、なんて人は居ませんよね
金額に納得すれば買う、それだけです

演劇の場合は観てからじゃないと納得感が得られないので順序は逆になるものの、最終的に満足されてチケット代も納得出来ればそれで良し、、、だと思うのです

今やテレビも観る時間が勿体ない、スマホでYOUTUBEとかドラマの観たいものを観るそんな時代になりつつある中で、最低でも一時間近く狭い空間で座って観続ける環境の「演劇」というツール(?)

時代遅れといえば時代遅れ、アングラ的といえばアングラ的、サブカルといえばまさにサブカル
無くても済んでいくしどうしても必要なものかどうかといえば必要ないものかもしれません

だからこそライブとしての臨場感、生きた言葉としての台詞の面白さ、今目の前で繰り広げられるドラマの(よくもわるくも)生々しさ
そんなものがもしかして一瞬でも観ている方の心の琴線に触れる事が出来れば、と

そんな事を企みつつ地道に稽古を重ね常に新鮮な状態で練り上げて最後に舞台に上げる
それが演劇と言うモノでありライブなのですがその道のりはお客さんにとっては関係ありません

演劇人なら舞台でモノ申せば良い、それだけです


ということで久しぶりだったせいか長々と脈絡もなく綴ってしまいましたが、いよいよ今月から台本稽古に入ります

超短編とも言えるオリジナルヴァージョンから十二年経った『まんまろ』(仮)

若いキャストも交え果たしてどんな舞台になるのか今から楽しみです

(編集済)  

語るに落ちる、で堕ちる

上に立つ人間は何故こうも独善的になるのか

これまで幾人かのそんな姿を見て軽蔑さえしてきたはずなのに気がつけば自分(代表で演出、という意味で)がそうだったりして

時を重ねるにつれ残り何回稽古出来るのかを常にカウントしてしまう事による焦りなのかもしくは無意識に背負い込んでいるモノの重さを痛感しての暴走なのか

どちらにしても自分の考えが正しいと思っているから、これでいいのだ、という盾を誇示しながらの演劇論という名の”演説

カッコ悪いったらありゃしない

いや、カッコ悪い以前に、振り回されてる立場からすればいい迷惑ですよね
冗談を交えたところで人によっては受けとめ方も様々
シャレにならなければそりゃカチンとくる人もいらっしゃるでしょうに

、、、と、ここまでは実情を知らぬ人にとってはどうでもいい話
なんであれ、どんな世界でも上に立つ人間は常に上から見るだけでなく下から見上げるくらいの余裕を持たないとダメだな、って話です

とはいえ「稽古不足」という、一番言われたくない感想を今回こそは言わせない、言われたくないという気持ちが強い故の焦り、というのはやっぱりあるわけです
でも自分だけが焦ったところで仕方ない、何ともならない
そうでなくとも色々な現場を経験し色々なスタイルの演劇を経ている人の集まりですから、郷に入れば郷に従え、なんて言いたくないし逆の立場でも言われたくない、はず
ましてや、価値観とかアプローチが違うからこそぶつかり合うことによって何らかのケミストリーが生じればもしかして面白くなったりする事も多々あるわけですから

頭ではわかっているのですがやっぱり時間がね、、、早いんですよ過ぎるのが

やることが山積みなのに現実に追いついていない
いつも以上に空回りが続くともう余裕なんて言ってられなくなったりするんですよ

それでいて体育会系とか排他的とかそういうのが嫌いなクセに案外と体育会系なところもあったりして
嗚呼、ジレンマとの戦い、てな事でして

まぁ9月に入ったし、ここからはひたすら稽古するしかないわけです
植木等風に言わせてもらえば「そのうちなんとかなるだろう」ってね

それに、どんなにこじれた経緯があってもお客さんにとっては目の前に出てくるモノがどうかってコト
面白いか面白くないか、それだけなんですから

と独り言をツラツラと書き連ねてきましたが最後に一言

「僕のことは嫌いになってもこのホンは嫌いにならないでください!」

声に出す時は前田敦子風でお願いします




って、キンタローやん!




  

先か、後か

先か、後か、って言えば卵か先か、ニワトリが先か、よりも地下鉄の電車はどこから入れたのか、という三球・照代漫才
を先に思い出す人も少なからず多からず

...って、どっちやねん!

どっちやねん、な漫才と言えば『火花』

ご存知、漫才コンビ・ピースの又吉直樹さんがお書きになった小説のタイトル...であるけれど超ベストセラーに即座に手を出すほど野暮じゃなし

ドラマ(現在NHKで放映中)を先に観て、その独特な哲学的お笑い論のような、禅問答のような、屈折した変則的ラブストーリーのような世界観が面白かったので(まだ放映途中であるけれど)原作も読みたくなって手に取ったらあっという間に完読




まだドラマのほうが終わってないのに...と、ドラマが先だったはずが逆転して後になったという話ではないけれどネットなどで見ると原作に関しては賛否両論

まぁ相性もあるからね、おそらくほぼ実体験を基にしたと思しき内容よりも又吉さんの独特なお笑い観に通ずるテンポと言葉選びは万人受けするとは言い難いので

しかしドラマはほぼ原作通りとはいえ、時に映画を観ているかのようなカメラワークも含めかなり面白いし何よりもキャスティングがいい(又吉の分身的な徳永役の林遣都さんと師匠役の波岡一喜さんの二人の間合いとか)

映画化もされるようだけどキャスティングも含めてドラマの後の映画化ってどうしても二番煎じ的な感じがしてどうもね...(『64』も然り)


ところで演劇の話(といきなりですか)

車のエンジンや色んな機械がきちんと動く為にアイドリングやメンテナンスが必要不可欠なのと同じように、いや、それ以上に
生身の人間だからこそ、声を出す為の身体のアイドリングやメンテナンス(つまり基礎稽古)は欠かせないわけであるがこれが案外とやれていない

台本をもらってからでいいや、と思ってもそう簡単にはいかないのが現実
ましてや基礎がそれほど出来ていないのに出来ていると思い込んでいる人だと尚更の事

基礎は後で、なんてわけにはいかないんですよ

まぁ、皆忙しいし台本稽古の方が手っ取り早いし面白いんだろうけれどね
だからこそ、今やれる時にやらないと

...とぼやきたくなる昨日の稽古場の寒々しさよ

そろそろ違う血でも入れとかないとダメなんですかねぇ


...血ってなんやねん

ちっ

m(__)m  

ネタは新鮮、でツユは継ぎ足し

前から思っていたんです

テレビの食レポとかでよくやる焼き鳥屋さんとか鰻屋さんの「このタレ(ツユ)はもう何十年も前からのを継ぎ足し継ぎ足し」っていう”秘伝”のアレ

味はともかくその保管状況が心配、というか食べるものとしてそんなんで大丈夫なの?ってね

ワインだって適度な温度条件管理されてこそ味が保たれているわけだしカレーだって火を入れれば大丈夫っていうけど実の所、味は少しづつ劣化している、とか言うじゃないですか

...じゃないですか

だったら焼き鳥屋さんとか鰻屋さんにあるタレとかツユとかの入ったあの壺だって、ねぇ...?

まぁ美味しければいいんですけどね、それでお腹壊したっていう人、多分、今までいないわけだし
何しろ日本人の妙に潔癖なところがかえって近年、ウィルスに弱い身体になってる一因だって説もあるとかないとか言いますから
ちょっとくらい腐っていても...おっと、言葉に気を付けないと


...って何の話をしてるんだ、と思われた方もいらっしゃるでしょうね
実はこれ、こないだの演劇ライブのネタのひとつになったものです
といっても冒頭の漫才コンビのネタ、ですがね

ちなみに漫才コンビの名前は『地団駄フンダ・ケッタ』(仮名)と申します、以後、お見知りおきを

って、次回も登場するかどうかは未定ですが




はい
ということで、早いもので演劇ライブツアーから一週間が経ちましたがお元気ですか

私はというと、終演後にシリーズの次回作を望むお客さんの声(実際に聞いたのは数人でしたが...)少ない声でも十分に背中を押す力になるわけですからこの流れに乗らない手はなし
とばかりにただ今、ネタを仕込んでいる最中ですのでしばしお待ちください m(__)m

ネタ、といえばさっきの「ネタは新鮮で、ツユ(タレ)は継ぎ足し」っていうソレ

今、やってることがまさにそれになるんじゃないかって思いました
芝居のネタとしては常に新鮮なモノを取り入れていかなきゃならない、でもツユ(タレ)、つまり味のベースとなるものであり同時に芝居の方向性というか大本である部分は変えずに熟成させていけば、美味しさも保てるし鮮度も保てる、ということになる

...ような気がしたんですが強引でしょうかね

だからネタもそうですが演者も鮮度を保つ為にはおなじような面子だけでやっていく...のは決して悪いことじゃないにしてもやっぱり鮮度が違うわけで、そうなると毎回少しづつ違う面子でやったほうが演者もお客さんも楽しめる

ということもあったりなかったりして

どっちなんだYO!

m(__)m

とはいえ、スタッフ探しも難しい昨今、演者となるとさらにタイミング的なものも含めてなかなか探すのが難しいというかそれほどでもないというか

だから、どっちなんだYO!

m(__)m m(__)m


いざとなれば協力してくれる人のおかげで成り立っているとはいえ、そんな事情もございますがそれも含めて次回は暖かい時期に...たとえば夏の始まる頃とか、だと観る方もやる方も参加する方も楽かもしれません

でもその前にやっぱりスタッフが足りない...か

だからどっちなんだYO!

m(__)m m(__)m m(__)m

三人寄れば文句を言え...なんてことは申しませんが現実として(専任の)スタッフってやり手はなかなか居ないけど結構面白いと思うんです

どこかに居ないかしら
募集してみようっと、ダメ元で

興味のある方はこちらまで→kewarapp@gmail.com

スタッフといっても専門的な知識の必要なスタッフ、ではなくお手伝いという意味なので経験など不要、居るのはやる気と行動力のみ

まずはメールから  

ケイゾクは血、カラダ

七夕の晩でしたね
会いたい方にお会いできましたでしょうか

僕はというと告知通り、青少年ホームの一室にて黙々と...いや、ベチャクチャと...いや、ペチャクチャ?かな
誰も来ない部屋で独り、ストレッチやら発声やらランニングやらをした挙句、落語のおさらい二席やら聞き手なき朗読やらをして1時間半ほど稽古をしていたわけですがきっと隣の料理教室の奥さま方はなんだろうと思ったのでせうね

そんな具合に彦星もしくは織姫の到着を今か今かと待っていたわけですが予想通り......最後まで独りでした

ケワです...ケワです...ケワです......ケ...


(T_T)


まぁ実際は泣くほどのことじゃありませんが、むしろ自分自身の肉体と声のあまりの出来損ない感に、泣き所はそっちだろ!と
そういう意味では独りでの稽古も自分自身と向き合うという点では意味はあったのです

...面白くはありませんがね、ええ

実は最近、二回ほど劇団パレードライスの稽古場にお邪魔して基礎練習(とエチュード)のようなものを一緒にやらせてもらってますがやっぱりまだまだ体がカタいのを痛感しております

役者としては二年くらいブランクがあるので当然でしょうけれど、やっぱり普段やらないとダメだな、と思いましたね


ブランクといえば深夜に再放送している『王様のレストラン』観てます?

思えば三谷幸喜という名前をちゃんと意識したのがこのドラマだったような気がしますが観たのは久しぶりでしょうか
それにしても何回観てもこのドラマって面白いですよね
確かにファッションとかメイクはちょっと時代を感じるんですけど中身は全然古くない、むしろ今の感覚でも全然いけるってのが流石ですよね

そんな中で思ったんですけど
山口智子と鈴木京香という二人のヒロインが出ているんですがこの二人を見ていてこの頃と今と比べるとある違いに気づいたんです

このドラマの山口智子と最近の山口智子
芸風はほとんど変わっていない(或る意味、凄いことですが)のに最近のドラマでの山口智子は凄く古臭く感じる、というか妙に浮いているんです
片や鈴木京香はというとこのドラマではまだ初々しいさが残る、というか演技力という観方をすればそれほど上手じゃない
それがいい意味で魅力でもあったのですが今や大河ドラマでも存在感を感じさせるほどのベテランの風格、余裕さえ感じる
それも悪くない、というかむしろ彼女のキャリアを見れば当然だと思うわけです

そこが経年の残酷さというか山口智子だけが相当なブランクがあってそれを埋めるだけの何かが無かった、ということなのかもしれませんが、ドラマの役に合っていたかどうか、というのもあるんでしょうね

少なくとも『王様のレストラン』では彼女は適役でしたから

ブランクはそれほど現実的なものなのです

昔やってたから、という意味では感覚はいずれ取り戻せる可能性はあるでしょうが、その為にはそれなりの何かをしないと
天才でもない限り

ということでまた演劇論めいた文章になったので最後はパンクで〆るとしましょうか

NYパンクの祖とも言われる大御所リチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズの名曲『ブランク・ジェネレーション』

今は亡き個性派ロバート・クワインの痙攣ギターに震えてみやがれ!ってんだ








  

台詞は「覚えるもの」なのか?

こうして連日、自論(または持論)を展開しておりますが演劇やってると何かと論じたくなるようでして

音楽関係者だとそういう方はほとんど見かけないようなのでおそらく「群」であって「個」(または「独」)であり、そして「カタチ」として残らないもの、という演劇独特の表現方法ゆえの悲しき性(時に虚しき性)でもあるのでしょうか

論じているからといって決して理屈でどうにかなるものじゃなし
「自論」なんてものは時を重ね歳を重ねることによって変わっていく言わば流動的なもの

根っこと幹は変わらなければ枝葉やそこに咲く花はその時ごとに変えてもいい

...などと思っているのであくまでネタとして、また自戒の意味も込めて書き記していることをご理解いただきたく存じます

さて

今回のお題は『台本は覚えるものなのか』

ざっくり言うと「覚えるもの」というよりも「覚えなければならないもの」です

台本がある以上、その通りに進んでいくのは舞台劇も映画もテレビドラマも同じ
台詞を覚えずして何をするのか、という話になりますよね?
ただしテレビや映画なら「NG」を出しても

「ゴメ〜ン、もう一回お願いします」「頼むよ、ケワちゃん」

てな風にテイク2とかやり直しが出来るわけですが舞台だとそうはいかない
SHOW MUST GO ON、幕が開いてお客さんが目の前にいて芝居は進行しているわけですから

「ゴメ〜ン、台詞出てこない...ダメ?」

なんて言っても当然ダメ
その前に舞台でそんなこと言えないし
それどころか他の誰かがフォローしない限りシャレにならないこともあるわけです(今までの経験では幸いそういう「シャレにならなかったケース」はありませんが)

まぁ場合によっては舞台袖にプロンプターという役割を担ったスタッフが居ればすぐさま台本をチェックして耳打ち...は出来ないにしてもコソコソッと教えてもらえることもありますが少人数だとスタッフの余裕なんてないですからね

だから台詞は「覚えなければならない」のです

とはいえ「覚える」という感覚はどうなのか、となるとちょっと違う気がするのです

よく、初めて演劇というものに触れたオトナの方が発する感想に

「ようあんだけの台詞覚えたな、俺にはようできんわ、大したもんやさ」

というおなじみの《面白かったならまだしも何とも感想が言いにくい時に使いやすいフレーズ第一位》がございますが、言ってる当人にとってはそれなりに褒めているつもり、なのかもしれまが言われた側にしてみればそれこそ

《どう受け止めていいのか複雑な思いになる感想第一位》

といってもいいくらいにあまり嬉しくない言葉なのですが、勿論、長台詞の場面などは「覚えた感」たっぷりと思われることは否めないのも事実
あとあと考えると、自分でもあんなに長い台詞や沢山の台詞をよく覚えたもんだ、と感心することもあるわけです

そうなんです
この「あとあと考えると」という部分がミソ

自分でも無意識に覚えていた、というのが自然なカタチなんじゃないかと
つまり台詞というのは「アタマで覚える」ものではなく「カラダで覚える」ものなのです

私自身の事を申しますと、初めて舞台に立った頃は勿論、そういった経験がないわけですから稽古場のみならず自宅でも必死で台本とにらめっこし覚えた...と記憶しておりますが、ある時期からでしょうか、自宅ではほとんど台本を開くことはなくなりました

まったく、というわけじゃないんですがそれに近いくらい稽古場以外では見ない
時間的にマズイな、と思う時は開くこともございますがそうでもない限り見ないのです

演劇は稽古ありき
逆に言えば、どれだけ台詞覚えがいい役者でも稽古をこなした時間が少なければなんともならない

感情を持った一人の人間が舞台というナマの空間で他の誰かを相手に(一人芝居の場合はお客さんが相手だったり)自分のカラダ、そしてココロから発せられたその瞬間に生み出される自然な言葉

それが舞台劇での「台詞」だと思うのです

だから台詞を覚えただけでは、それはただ記憶力の良さを表現しているにすぎないわけです
その為に時にうんざりするくらいに長期にわたる稽古期間があり、そこで場面を繰り返し、演出にダメ出しされながら、自らも色々な試みをぶつけ、稽古を重ねることによって台詞も自然とカラダに入り込んでいき最後に「自分の言葉」となっていく

つまり「稽古は稽古場で」というスタンスが一番カラダに入ってくるのです

稽古場以外で台本を開く必要がない、と感じるのはそういった理由があるからなのです

とはいえ私も自慢するほど稽古熱心というわけではなかったので稽古不足ゆえに中途半端な出来だったな、と反省することも少なくないんですが

...偉そうに言えませんね、はい(-_-;)


実はこれ、演出の立場でも同じなんですが演出の場合はちょっと違う意味なのでまたいつか機会があれば

ということで最後に一言

『舞台上の小僧習わぬ台詞を詠む』

長々とお付き合いくださりありがとうございました
  

役者はマゾなのか?そしてKEWAはマジなのか?

お待たせすますた、キングサーモンステーキでっす

...と、何度目かの使い回しフレーズ(by ハリキリ船長@ロブスターハウス)でのご挨拶から

SM診断って、ありますよね?

といきなりですが、そんな「午後のひとときにSM診断」
誰しも一度はやってみたことと思います(やや断定気味ですが)

俺ってどちらかといえばサド?みたいな

なんて思っていざ診断してみると「あなたは30パーセントくらいマゾです」という結果が出て

ええっ?違うよコレ~...でも、そうなのかなぁ...そういえばあんなことされた時にちょっとそうだったかも...やっぱり、ちょっとマゾ入っているのかなぁ

なんて過去のあんなことやこんなことを思い出して一人羞恥心に駆られている、なんてこともあったりするのじゃないでしょうか

よく、スポーツやってるやつはマゾだ、なんてことを言う人もありますが過酷な練習に耐え、苦悩し、時に汗だけでなく血さえも滲ませる思いを越え、そうして結果を出し、それでも満足できず再び過酷な練習に挑む...

そんな姿とそうしたくなる性に対しいつしか「マゾ」という烙印を押してしまいたくなるのでしょうか

とはいえ一概にスポーツやってるからマゾであるとは限らないのです
たとえば野球でいうと監督コーチはともかく、ピッチャーとキャッチャーの関係性でいえばピッチャーは「攻め」キャッチャーは「受け」といった具合で、そういう部分だけでいえばどちらが「S」でどちらが「M」かということはおのずと理解できるはずです(これはあくまで僕個人の見解ですが)

では演劇ではどうなのか?

演出は当然、サド...だと思いますよね?

確かに稽古中(練習中)は時に鬼のような形相と視線で刺し睨み、灰皿こそ投げないにしてもそれに近い勢いで怒鳴る...なんてことをやる演出は少なからず存在しますし、役者は基本、腹の中では煮えくり返る思いがあっても口に出さずどんな理不尽なことを言われようが従い耳を貸すしかないのですからどちらかというと演出は「サド=S」なんでしょうね

でも本番(公演)となるとお客の反応や役者が思う通りに動いてくれるのかという不安で緊張感はもしかして役者以上だったりするのです
でもだからこそ面白い、というかそのドキドキする気分は舞台上ではなく客席側にいるからこそ味わえるシロモノ
それを楽しんでいる演出って或る意味...マゾ的ですよね?
SM診断でいうと「30%マゾ」みたいな?

役者はどうなのか、となると前述したようにひたすら演出の言うことを受けとめ、思うように出来ない己自身に悩み、台詞をとちっては謝り(稽古中なら謝る必要なんて本当はないのですが)稽古を重ねるという試練に耐え、そうして舞台に立っても、充実感があるかというと案外と無かったりする(こともある)
だからその直後は「もうやりたくない、うんざりだ!」と思ってもしばらくしてまた舞台に立ってみたくなる

それを「マゾ」と言わずなんと呼ぶのでしょうか?と

どんなにサディスティックな人間でもおそらく心のどこかに小さな「マゾ的要素」があるはず
それはスポーツも演劇も同じなのです

さあ

そこのマゾ30%程度のあなた
そして30%以上は確実にあると自負しているあなた

演劇に挑むのは決して無駄な時間じゃないと思いますよ

時に大口叩いているKEWAも幾らかマゾ的要素があると診断されてますからご安心ください

...何を、って話ですがそういうことなんです

そろそろ稽古場を借りようと動き始めるところです

...って今頃かい!

そうなんです
人がいないと動けないんです

マゾもマゾじゃない方もマジな方もそれほどマジじゃないけど興味ある方も

どうかお待ちしてます☆




(写真はイメージです、若干一名、強制ギプスというかバネをカラダに巻いておりますが本文とは関係ありません)



  

役者はマゾなのか?...のその前に、のその次に

「黙って観ろ、そして楽しめ」

ふざけんなエラそうに、って僕だったら思いますね

と端から自分の言葉を否定するようですが実際のところやってみないとわからないのです
それに演劇は一人でどうにかなるものじゃない、所謂、アンサンブルってもので成り立つわけですから演出だけが独りよがりでいてもどうにもなりませんから

ただ、そういう気概だけはあってもいいかな、と
つまりはそういうことなのです

さて最後にもう少し具体的なプラン
というか野望...というか展望を提示しておきましょうか

【KEWAシャRAP】では何をしたいのか

①とりあえず30~40分くらいのモノを比較的こじんまりとしたハコ(場所)で上演する

パスポートなきあと数限られたライブスペースも含め、ライブが出来そうなカフェとかそういったところで、出来れば固定せずに場所を変えたりしながら一公演(一作品)につき4回くらいはやってみたい、かなと

②レギュラーメンバー以外に毎回ゲスト的な人を呼ぶ

レギュラーメンバーのようなのが数名、あとは一公演(一作品)につき毎回ゲストを一名程度招いて回数を重ねるごとに内容を変え面子を変え手を変え品を変え、といった趣で、やる側も観る側も「次の楽しみ」を持てるような感じでやれたらな、と

③シリーズ化を狙う的な

アマチュア演劇となると諸事情によりどうしても「一回限り」の公演で終わってしまいがち
アンケートを取ったところでそれが次にどう繋がるのか、という疑問があり所詮は打ち上げのネタじゃねぇの?って穿った見方をしてしまう...のは僕だけでしょうか
かつて『戦国オセロー』(稚作の『走れ!オセーロ』とは似て非なる作品です、はい)が再演というカタチで上演されたり、某劇団のように自作の再演を重ねたりするケースはあるもののある程度の年数を置いて、というのがほとんど

【KEWAシャRAP】は隔週くらいで計4回くらいの公演を目指し、その後は続編的な展開でシリーズ化が出来れば面白いかな、と

ちなみに現在書き上がっているのは『暗闇阪探偵社ファイルNO.1(仮)』という、まぁお馴染みの探偵モノです
シリーズ化としては最適な素材じゃありませんかね、フッフッフ

...と、ほくそ笑んでいる場合じゃありませんね

ということで、なんだかどこかの政党のマニフェスト(タイムリーですなぁ)のようになってしまいましたが展望的なものを申せばこんな感じです

いずれにしても「稽古なくして舞台に立てず」
身軽で短い内容だとしても声もカラダも動かない者が人前で何かやるような類の呑気な発表会(そんなものは滅多にありませんが)ではないのでだからこそ先を目指して今から動く必要があるのです

そろそろ興味が沸いてきた頃合いじゃありませんか?

ではあらためて募集

☆役者として舞台に立ってみたい、と思う、およそ30~35歳くらいまでに見えるであろう(自薦、他薦問わず)男性一名
☆おもに音響機器を操作し劇空間を作りだす担い手の一人として参加してみたい、と思う裏方(男女年齢問わず)数名程度

いずれも劇団員という立ち位置での募集ではないのでそういう意味の拘束はありませんのでご安心を
そして今は裏方でもいずれ気持ちが変わって立ってみたいという可能性アリ、でも構いませぬ

以上、ピンと来たら...今すぐ来なくてもそのうちピンと来そうだったら以下のいずれかに連絡を♪(秘密厳守!)

メール可能な方→ kewarapp@yahoo.co.jp
つぶやき可能な方→ @kecke3

(ほぼやってませんが)ええい、この際、LINEのIDも公開します

LINE可能な方→ ID:kewarapp

ここまで書いてダメなら諦めますから!





  

役者はマゾなのか?...の、その前に

考えてみればやみくもに募集募集ったってどんな事をやろうとしているのかわからないところへ来るわけもなく

ということで連載(?)のようなもの、はちょっと横へ置いておいて

KEWAシャRAP】、がこれから何をしようとしているのか
といったところを出来るだけ簡単に説明いたします

とその前に...KEWA JAPが今まで何をしてきたのか、は説明しましたよね?

して、ない...?
してないかもしれないけど覚えていない...?
してないかもしれないけど、どうでもいい......?

どうでもいい人はどうでもいいとして、とりあえず書き記しておきますね

劇団高山市民劇場(前々回の記事参照)が解散した後、しばらくフリーで活動していたのですが、やっぱりどこかに属していない立場では何かと不便なこともございまして、そんな折、2007年、月の光プロデュース公演という形で幾つかのユニットが参加する公演@コシャラシャント(当時、本町にあったダーツの出来るお店です)に参戦することになりましてそこで名乗ったのがKEWA ZAPというユニット名だったのです

芝居のタイトルは『まんまろ』
ゾンビがうごめく街のビル屋上に籠城する女二人が馬鹿馬鹿しいやりとりを繰り広げる、といった内容のお芝居でした

その後「ZAP」を「JAP」に改め、KEWA JAPによるKEWARAPP(『Ratts by KEWARAPP』@コシャラシャント/2008年)では『CATS』へのオマージュ...というわけではないのですが劇中でキャストが歌、のようなものを口ずさんだり踊り、のようなものを踊ったりラップ、のようなものをやったりと、のようなものをやりたいようにやったわけですがストーリー的には死後の世界的な?
丹波さんじゃありませんが死後の世界のようなものを描いて、「意味わからん」と戸惑うお客さんも何人かいたりして?

そして昨年、初めての完全自主公演作『走れ!オセーロ』@別院庫裡ホールを経て今に至る、ということです

その他に個人的に演出として幾つかの公演(主に劇団太陽=中田裕一氏)を任せていただく機会がございまして、そんな中で(公演というには限られたイベント内だったのでアレなんですが)「新就職者を祝う集い」という商工会議所?のイベントがあってそこで30分くらいの芝居をやったのですが二回目の作品はオリジナルでして、タイトルは『純情、泥ップアウト ぬるんだ!ショー!』

おわかりですね、『明日のジョー』へのオマージュを込めた左官職人と息子(そして娘)のお話なんです

劇中の幾つかの台詞をラップ調にしたのですが当日同じイベントにヒップホップのダンスチームが出ていたのでリハ後に声を掛けてラップ台詞のバックで踊ってもらった(詳しくは当時のブログ記事にて)のですがボーダレス、とでもいうのでしょうか
でもこういう試みって全然アリなんですよ舞台上といえども
だから別に「新しいことやりました」でもなんでもないんですよね、今の時代だと尚更そうなんです

それこそNODA MAPでもKERA MAPでも大人計画でも新感線でもプロジェクションマッピング的なものは当たり前に取り入れているしキャスト名を映し出すというソレなんてもはや手垢がついているくらい誰でもやっている

さすがにRAPを駆使してHIP HOP的な舞台劇はなかなかないみたいですがそのうち普通に出てくるでしょうしね

いえ何を言いたかったのかというと今やろうとしているKEWA JAPによる【KEWAシャRAP】というのはもっとシンプルなんです
装置も照明も最小限、ハコもそれほど選ばない
舞台上にいるのは数名の役者のみ
外連味はほぼ無いけど面白いと思ったモノはジャンルとか関係なく取り入れてみよう、と

芸能でいうと落語も漫才もコントもお笑いに変わりはないわけで観ている人は「これは落語だな」と意識しないと観れないモノじゃないわけですか
そこにあるのは「面白いと思うか思わないか」それだけです

格闘技でいえば総合格闘技っていうんですか
観ていて「あの人はボクシングの人だな」とか最初は思っていてもそのうちどうでもよくなるくらいに見入ってしまう

そんな風になればいいかな、と

だから人が「これは何、演劇じゃないの?」とか「よく台詞を覚えたね」とか「演劇かぁ、なんだか面倒くさそうだな」とかそういうどうでもいいコトを言わせない、言わせてたまるか、と思って名付けたのが【KEWAシャRAP】というユニット名なのです

「黙って観ろ、そして楽しめ」

それです

「蝶のように舞い、ハチのように刺す」

それと同じなんです

えっ?違う?

違うといえばアリのその名文句
英語ではもっと単純な意味なんですよね
それを日本人が訳すとそうなる
これって凄い解釈ですよね、ワビサビですよね

長くなったので次回へ続きます


って充分に長いYO!




  

演劇はモテるのか

モテる為にギターを始める

誰しもそんな頃があったのではないかと思います
ギターでなくともドラムスでもサックスでもピアノでなんでもいいんです

異性を含む自分以外の誰か...まぁほぼ異性対象なんですけどそういう誰かにモテたい
その為に何かを始める、それは決して恥ずかしぃことではないのです

かくいう僕も中学生の頃にギターを手にしたきっかけは半分くらいはそうでしたもの
残りの半分は多分、弾けたら気持ちいいだろうな程度の?リビドーに似たよくわからない衝動みたいな?
そんな不確かなモノだったのですが、やっぱりその程度半分でモテたい気持ち半分だと続かないんですよね

なのでそう簡単にはモノにできない(弾けない)という事実に直面し、あっという間に箪笥の肥やし...ならぬ箪笥の横の埃かぶり
オブジェですね、いわゆる

で、高校生の中ごろになって本気で「この曲(フレーズ)を弾きたい!」という明らかな目的意識が芽生えるまではしばらく放置してました

モテたい、なんていうのはその程度のきっかけにすぎず
あとは己の気持ちがどこまで本気か、ってことが続けていけることに繋がるんでしょうねきっと


...とエラそうな導入部で始まりました今回の「演劇はモテるのか」というテーマ

ズバリ


モテません、以上!


...と言ってしまえばそれまで
ですが、ぶっちゃけプロの有名どころはどうかわかりませんが少なくとも僕の周りで演劇やっている人間に「モテて困る」なんて人は皆無でしょうね

そもそも「モテたくて演劇やってる」なんて人、いないと思うんですよ

モテたいならバンドやればいいわけで事実、僕の知ってるバンドマンは結構どんな人でも(とは語弊がありますが)モテてますからね
モテたいだけなら演劇なんてやる理由にも始めるきっかけにもならないわけです

ですがね

共演者ともしかして...なんてことは結構あるようなんです

芸能界でもあるじゃないですか
ドラマで共演がきっかけで、とか舞台での共演がきっかけで、とかよくあるアレですよアレ

演劇は稽古期間も割と長期で、一緒に過ごす時間も多く、ましてや舞台という「ナマ」の空間でチョメチョメ...はしませんけど恋人役になったりするとその気になっちゃう、なんてことは自然の摂理、のようなものでして

僕はどうだろ、無かったような気がしますけど
まぁ駆け出し(?)の頃には一度くらいは相手役にその気になりそうになった事はありますがほぼ無いですね
そういう役(恋愛関係になる役)がほぼ来なかった、というのもありますが

...なんでだろ、まぁいいや

そのまま結婚しちゃった人も結構いますけど婚活には向いていないような気もしますね
演劇人口が少ない現状だし

あとは演出と女優、っていうアレね

これも長期に渡る稽古において演出のダメ出しを受ける女優、という構図がある種のSM関係になる...わけじゃないのでしょうか、演劇に限らず珍しいことじゃないですよね
映画界でもナギサオーシマと奥さん、別れたけど石井監督と満島ひかりさん、演劇だとケイシー長塚と常盤御前とか...ね

このあたりだと知る限り一組...か、あまりないですね、ええ

......僕はありませんよ、安心してください!


ということでモテたいという理由だけなら演劇は避けた方が無難、ということです

ただし!
以上のような事も無きにしも非ず、なのでもしかしてモテる人もいるかもしれないということです


えっ、そういうお前(つまり僕ですね)はどうだったのか、って?


昔ね
随分昔なんですけどね
役者で出た公演のアンケートに「ファンです」って書かれたこと、あるんです

正直、嬉しかったなぁ

でもあの後何も音沙汰がなかったなぁ

どこ行っちゃったんだろ、あのファンの女性


まぁそんな昔話はさておき次回予告!

『役者はマゾなのか』


乞うご期待!


...でも本音は応募継続中の為のネタなのです

kewarapp@yahoo.co.jp

またはツイッターアカウント @kecke3 まで

質問だけでもOKです

興味はあるけどビビってます、でも構いません

7月末までは何とか待ってみようかと思ったり思わなかったり、沈んだりもぐったり...