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語るに落ちる、で堕ちる

上に立つ人間は何故こうも独善的になるのか

これまで幾人かのそんな姿を見て軽蔑さえしてきたはずなのに気がつけば自分(代表で演出、という意味で)がそうだったりして

時を重ねるにつれ残り何回稽古出来るのかを常にカウントしてしまう事による焦りなのかもしくは無意識に背負い込んでいるモノの重さを痛感しての暴走なのか

どちらにしても自分の考えが正しいと思っているから、これでいいのだ、という盾を誇示しながらの演劇論という名の”演説

カッコ悪いったらありゃしない

いや、カッコ悪い以前に、振り回されてる立場からすればいい迷惑ですよね
冗談を交えたところで人によっては受けとめ方も様々
シャレにならなければそりゃカチンとくる人もいらっしゃるでしょうに

、、、と、ここまでは実情を知らぬ人にとってはどうでもいい話
なんであれ、どんな世界でも上に立つ人間は常に上から見るだけでなく下から見上げるくらいの余裕を持たないとダメだな、って話です

とはいえ「稽古不足」という、一番言われたくない感想を今回こそは言わせない、言われたくないという気持ちが強い故の焦り、というのはやっぱりあるわけです
でも自分だけが焦ったところで仕方ない、何ともならない
そうでなくとも色々な現場を経験し色々なスタイルの演劇を経ている人の集まりですから、郷に入れば郷に従え、なんて言いたくないし逆の立場でも言われたくない、はず
ましてや、価値観とかアプローチが違うからこそぶつかり合うことによって何らかのケミストリーが生じればもしかして面白くなったりする事も多々あるわけですから

頭ではわかっているのですがやっぱり時間がね、、、早いんですよ過ぎるのが

やることが山積みなのに現実に追いついていない
いつも以上に空回りが続くともう余裕なんて言ってられなくなったりするんですよ

それでいて体育会系とか排他的とかそういうのが嫌いなクセに案外と体育会系なところもあったりして
嗚呼、ジレンマとの戦い、てな事でして

まぁ9月に入ったし、ここからはひたすら稽古するしかないわけです
植木等風に言わせてもらえば「そのうちなんとかなるだろう」ってね

それに、どんなにこじれた経緯があってもお客さんにとっては目の前に出てくるモノがどうかってコト
面白いか面白くないか、それだけなんですから

と独り言をツラツラと書き連ねてきましたが最後に一言

「僕のことは嫌いになってもこのホンは嫌いにならないでください!」

声に出す時は前田敦子風でお願いします

語るに落ちる、で堕ちる



って、キンタローやん!




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