KEWA者RAP 演劇はライブである › 走れ!オセーロ

パンクか演歌か、それが問題...ではない

さっさと決めちゃいました、オープニング曲

というか台本読んでるとパッと頭ん中に浮かんでくることって珍しくないんです

でもそれに最初から振り回されるのも面白くないわけでして
かといってオープニングって結構大事なんですよね

芝居の雰囲気も決まってしまうこともあるし逆にぶち壊すこともあるし

とはいえ演歌をかけたからって...たとえ話ですけどね、ええ
演歌をかけたからって演歌な芝居になるかというとこれが......

なるんですよね、多分

演歌な芝居ってなんなんだ、って話ですけど

...中日劇場的な?それとも梅沢何とか一座みたいな?

観たことないけどね、はい

かといってパンクで始まったからといってパンクな芝居になるとは限らず

これまたパンクな芝居ってなんなんだ、って話ですけど

昔、蜷川スタジオと遠藤ミチロウがコラボレーションした芝居を観た時に「パンクだ!」って思いましたけどあれはやっぱり

ミチロウが出ていた、からというよりもほぼライブだったから

でしょうね

かといって役者がモヒカンに鼻ピアスすればいいってもんじゃないし要はやる側の心意気次第ってことなんでしょうけれど

だからここはね
エンディングでうまいこと〆るわけですよ

エンディング曲もパンクにしちゃえばいいんです

終わりよければすべてよし、って言いますでしょ

だから大事なのはオープニングよりもむしろエンディングかもしれませんね

最後に何が残るか

そこですよ

だから演歌で終わる芝居はもう何をやったとしても「演歌」なんです

えっ?

大事なのは中身じゃないかと?


ですよねぇ


でもそこはあなた

選曲のセンス次第ってこともあるんです


音楽って大事なんです


意外と大事なんです


ところで余談ですけどアングラに演歌とか、アングラにパンクという組み合わせって意外に合うんですよね

でも何故か、ド直球のロックって合わないんですよねぇ

不思議ですよねぇ

ちなみに『走れ!オセーロ』はアングラでも演歌でもありません

はい